会社が持つ不動産は、本当に「資産」なのか

企業が所有する本社、店舗、工場、倉庫、社宅、社員寮、駐車場、遊休地。これらは貸借対照表上では資産に分類されます。
しかし、会計上の資産であることと、経営に貢献していることは同じではありません。
事業に不可欠な工場であれば、売却価格が低くても会社にとって重要な資産です。一方、好立地にあり高値で売却できる土地でも、長期間使われず、固定資産税や維持管理費だけが発生していれば、経営資源として最適に活用されているとは言い切れません。
会社が不動産を持つ意味を、経営の視点から改めて考えるのが「CRE戦略」です。
1.CRE戦略とは、不動産を売ることではない
CREは「Corporate Real Estate」の略で、日本語では一般に「企業不動産」と訳されます。
国土交通省はCRE戦略を、企業不動産について、企業価値向上の観点から経営戦略的に見直し、不動産投資の効率性を最大限に高めようとする考え方と定義しています。したがって、遊休地を売却することだけがCRE戦略ではありません。保有継続、賃貸活用、建て替え、用途変更、拠点統合、移転、売却などを比較し、会社にとって合理的な形を選択することが本質です。
重要なのは、「この不動産はいくらで売れるか」より先に、次の問いを整理することです。
この不動産は、今後の事業に本当に必要なのか。
売却価格が高いから売る、簿価が低いから持ち続ける、という単純な判断ではありません。会社の事業計画、財務状況、人員計画、物流、取引先との関係、将来の承継まで含めて検討する必要があります。
2.企業不動産には、異なる四つの価値がある
企業不動産を評価するときは、少なくとも次の四つを分けて考える必要があります。
帳簿価額
決算書に記載される会計上の金額です。長期間保有している不動産では、帳簿価額が現在の市場価格と大きく異なることがあります。
市場価値
現時点で第三者へ売却した場合に、実際の市場で成立すると考えられる価格です。立地、用途、法規制、建物状態、賃貸状況、再開発可能性などによって変わります。
事業価値
本社、工場、倉庫、店舗などとして、本業へどれだけ貢献しているかという価値です。売却価格が低い地方工場でも、生産や物流に不可欠であれば、会社にとっての事業価値は高いと考えられます。
担保価値
金融機関が融資判断において認める評価です。市場価格と同額になるとは限らず、物件の流動性、権利関係、法的制限、建物の状態などを踏まえ、金融機関ごとに判断されます。
この四つは、通常、一致しません。
例えば、取得から数十年が経過した都心の本社は、帳簿価額が低くても高い市場価値を持つ場合があります。一方、特殊な設備を備えた工場は事業価値が高くても、購入できる企業が限られるため、市場での流動性が低いことがあります。
したがって、決算書だけを見ても、企業不動産の本当の価値は判断できません。
3.不動産を持ち続けるコストは、税金だけではない
企業が不動産を所有すると、固定資産税、都市計画税、保険料、修繕費、警備費、清掃費、設備点検費などが継続的に発生します。
さらに、建物が老朽化すれば、外壁、防水、空調、給排水、電気設備、エレベーターなどへの大規模な支出が必要になります。土壌汚染、アスベスト、耐震性、擁壁、境界、越境などの問題が後から判明すれば、売却や建て替えの前に追加費用が生じる可能性もあります。
見落とされやすいのが、機会費用です。
例えば、現在使用していない土地を5億円で売却できるにもかかわらず、そのまま保有しているとします。その土地から収益が生まれず、事業にも利用していないのであれば、会社は5億円相当の資金を不動産に固定していることになります。
その資金を設備投資、採用、研究開発、借入金返済、事業買収などへ使用した場合と比較しなければ、保有が合理的かどうかは分かりません。
4.「保有か売却か」の二択ではない
企業不動産の見直しには、売るか持つか以外にも複数の選択肢があります。
事業に不可欠であれば、必要な修繕を行い、継続して使用する選択があります。建物の一部に余剰があれば、未利用部分を第三者へ賃貸する方法もあります。
土地の利用効率が低い場合には、建て替え、増築、用途変更、共同開発を検討できます。複数の営業所や倉庫を一か所へ集約し、不要となった拠点を売却する方法もあります。
重要なのは、それぞれについて一定期間の収支を比較することです。
売却案では、売却代金だけでなく、譲渡に伴う費用、税務上の影響、移転費用、その後の賃料を考慮します。保有案では、修繕費、維持費、将来の建て替え費用、資金が固定されることによる機会費用まで含めます。
目先の収入ではなく、会社全体のキャッシュフローと事業継続性で判断する必要があります。
5.セール・アンド・リースバックは、単純な資金化ではない
企業不動産の活用方法として、「セール・アンド・リースバック」があります。
これは、会社が使用している不動産を第三者へ売却し、その買主から同じ不動産を借りて、事業を継続する方法です。会社は拠点を移転せずに売却代金を得られる一方、売却後は毎月の賃料を支払うことになります。
資金を事業へ振り向けられることは利点ですが、次の点を確認しなければなりません。
賃料と将来の増額条件 契約期間と更新条件 中途解約や退去の条件 修繕費を誰が負担するか 増改築や設備変更の制限 将来の賃料総額 売却後も長期間その場所を使えるか
また、会計・税務上の取扱いは契約名称だけでは決まりません。国税庁は、セール・アンド・リースバックについて、一連の取引が実質的に金銭の貸借と認められる場合には、売買がなかったものとし、買主から売主への貸付けとして扱う場合があると説明しています。
さらに、企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」の適用対象となる企業では、原則として借手のリースについて使用権資産とリース負債を計上する考え方が採用されます。同基準は2027年4月1日以後に開始する事業年度から適用され、2025年4月1日以後に開始する事業年度からの早期適用も認められています。
したがって、セール・アンド・リースバックを単純な「不動産の現金化」や「帳簿から資産を外す方法」と捉えるのは適切ではありません。
6.事業承継・M&Aでは、不動産の名義が問題になる
中小企業では、本社や工場を会社ではなく代表者個人が所有し、会社へ賃貸していることがあります。
この形が直ちに問題となるわけではありません。しかし、事業承継時には、会社の経営権と不動産の所有権を誰が引き継ぐのかを別々に整理しなければなりません。
後継者が会社を承継しても、事業用不動産を別の相続人が取得すれば、将来の賃貸条件や売却方針をめぐって調整が必要になる可能性があります。金融機関の担保が設定されている場合には、名義変更や債務承継との関係も確認が必要です。
中小企業庁も、事業承継では経営だけでなく、設備・不動産等の事業用資産を含めた承継を検討する必要があると整理しています。
M&Aでも、買手が事業と不動産の双方を取得したいとは限りません。事業だけを譲渡し、不動産は旧経営者が保有して新会社へ賃貸する形もあれば、不動産を含めて譲渡する形もあります。
この違いは、譲渡価格、資金調達、賃料負担、担保、税務、事業継続性に影響します。
7.最初に行うべきことは「不動産の棚卸し」
CRE戦略は、いきなり売却査定を取ることから始めるものではありません。
まず、会社が所有・使用している不動産を一覧にし、次の情報を整理します。
所在地、面積、用途 所有者と登記名義 帳簿価額 推定市場価格 担保設定の有無 現在の利用状況 年間維持費 修繕履歴と今後の修繕予定 賃貸借契約の内容 境界、接道、建築、環境上の問題 今後の事業で必要となる期間
そのうえで、不動産を「事業に不可欠なもの」「代替可能なもの」「利用度が低いもの」「将来不要となる可能性が高いもの」に分けます。
最終判断では、不動産会社だけでなく、税理士、公認会計士、弁護士、金融機関、建築・環境分野の専門家との連携が必要になる場合があります。
まとめ
会社が持つ不動産は、会計上は資産です。
しかし、経営資源として本当に価値があるかどうかは、帳簿に載っているだけでは判断できません。
本業を支えているのか。収益を生んでいるのか。資金を固定していないか。将来の修繕負担はどの程度か。事業承継やM&Aを妨げないか。売却後も事業を継続できるか。
これらを総合して初めて、保有、活用、建て替え、移転、売却の判断が可能になります。
企業不動産は、「高く売れるか」だけで評価するものではありません。
会社の将来にどれだけ貢献するかによって評価すべき経営資源です。
