老朽マンションは、修繕・更新・建替え・売却のどこへ向かうのか

日本の分譲マンションは、今後、本格的な「再生の時代」を迎えます。
2025年末時点の分譲マンションストックは約723万6,000戸です。そのうち築40年以上のマンションは約158万8,000戸に達し、2035年末には約313万1,000戸、2045年末には約503万6,000戸へ増加すると推計されています。築40年以上のマンションは、今後10年間で約2倍、20年間で約3.2倍になる見込みです。
問題は、建物の老朽化だけではありません。
国土交通省の令和5年度マンション総合調査では、1984年以前に完成したマンションにおいて、世帯主が70歳以上である割合は55.9%でした。また、長期修繕計画上の必要額に対し、現在の修繕積立金が不足していると回答した管理組合は36.6%に上ります。建物と区分所有者が同時に高齢化する「二つの老い」が、修繕費の負担や合意形成を難しくしています。
老朽マンションの将来は、もはや「修繕するか、建て替えるか」という二択ではありません。2026年4月に施行された改正マンション関係法により、建物を残す方法、全面的に再生する方法、第三者へ売却する方法など、複数の選択肢を比較できる制度へ変わりました。
1.築年数だけでマンションの将来は決められない
「築40年を超えたから建替えが必要」「大規模修繕を続ければいつまでも使用できる」といった一律の判断は適切ではありません。
検討すべきなのは、築年数だけではなく、構造躯体、耐震性、外壁、給排水管、防水、電気設備、エレベーター、バリアフリー性能などの状態です。加えて、修繕積立金、追加負担の可能性、建築規制、土地価格、区分所有者の年齢や資金負担能力も確認しなければなりません。
国土交通省の最新マニュアルも、改修、更新、建替え、売却などについて、必要費用と改善効果を客観的かつ総合的に把握し、比較することが望ましいとしています。
したがって、老朽化したマンションで最初に行うべきことは、結論を出すことではありません。建物の現状と管理組合の財務状態を可視化し、複数の再生手法を同じ条件で比較することです。
2.修繕・改修――建物を維持しながら使い続ける
最も基本的な選択肢は、修繕や改修によって建物を維持する方法です。
外壁補修、屋上防水、給排水管更新、耐震改修、エレベーター更新、断熱・省エネ改修、バリアフリー化などを行い、建物の安全性や居住性能を改善します。
建替えと比べて、区分所有者が転居せずに実施できる工事も多く、既存建物を活用できる点が利点です。ただし、工事内容によっては一時退去や生活制限が必要となり、構造や設備配置によって実現できる改善にも限界があります。
また、修繕費用を投じれば必ず同額だけ市場価値が上がるわけではありません。建物を安全に維持するために必要な支出と、売却価格を押し上げる投資は区別して考える必要があります。
2026年施行の改正区分所有法では、共用部分の変更に関する意思決定も見直されました。基本的な多数決割合は維持されつつ、耐震性不足、外壁剝落のおそれ、給排水管の腐食、バリアフリー対応など一定の客観的事情がある場合には、決議要件を緩和できる仕組みが設けられています。
3.建物更新――取り壊さずに建物全体を再構成する
2026年4月の改正で新たに設けられたのが、「建物更新」という手法です。
建物更新は、建物を全面的に取り壊さず、構造上主要な部分の機能を維持・回復するために共用部分を大きく変更し、それに伴ってすべての専有部分の形状、面積または位置関係を変更するものです。通常の大規模修繕よりも大規模で、一棟全体を再構成する再生方法と位置付けられます。
例えば、既存躯体を活用しながら住戸配置や設備系統を再編し、現代の居住ニーズへ対応させる可能性があります。
ただし、建物更新は、すべてのマンションで実施できる簡易なリノベーションではありません。構造上の実現可能性、工事期間中の居住、権利変換、資金調達、工事後の住戸面積など、詳細な検討が必要です。
建替えより低コストになるとは限らず、建物の状態によっては建替えの方が合理的な場合もあります。建物診断と事業収支の検証を経て初めて、現実的な選択肢となります。
4.建替え――建物を取り壊し、新しいマンションへ再生する
建替えは、既存マンションを取り壊し、その敷地または敷地を含む土地に新しい建物を建築する方法です。
耐震性や設備性能を抜本的に改善でき、住戸計画、共用施設、バリアフリー、省エネ性能などを現在の基準へ近づけられる点が利点です。
一方、区分所有者には、一時転居、建築期間中の住居確保、追加負担、将来の住戸選択など、大きな影響があります。
過去には、建替えによって増加した住戸を第三者へ販売し、その収益で区分所有者の負担を抑える事業が多く検討されました。しかし、建築時よりも現在の容積率規制が厳しいマンションや、すでに敷地を高密度に利用しているマンションでは、建替え後の余剰床を十分に確保できないことがあります。国土交通省も、余剰床販売による収益確保が難しくなり、区分所有者の平均負担額が高まっていると指摘しています。
2025年3月末までに確認されたマンション建替えの実績は累計323件、約2万6,000戸です。現存する約723万6,000戸のストックと単純比較はできませんが、建替えが一般的な更新方法として広く普及しているとは言いにくい状況です。
5.建物・敷地の売却――全員が新しいマンションへ戻る必要はない
区分所有者に建替え費用を負担する余力がない場合や、その場所へ住み続ける希望が少ない場合には、建物と敷地を第三者へ売却し、売却代金を区分所有者へ分配する方法があります。
2026年4月の法改正では、次のような決議が新設されました。
建物と敷地を一括して売却する「建物敷地売却」 建物を取り壊したうえで敷地を売却する「建物取壊し敷地売却」 建物だけを取り壊す「取壊し」 建物が滅失した場合などに土地を売却する「敷地売却」
改正前は、建替え以外の方法について区分所有者全員の同意が必要となる場合が多く、事実上、実施が困難でした。改正後は、建替え決議と同様の多数決によって、これらの手法を選択できる制度が整備されています。
原則的な決議要件は、区分所有者数と議決権の各5分の4以上です。耐震性不足や外壁剝落のおそれなど、法律上の一定の客観的事情がある場合には、決議割合が各4分の3以上へ緩和されることがあります。ただし、どの決議にどの緩和要件が適用されるかは、建物の状態と選択する事業手法によって異なるため、個別の法的・技術的確認が必要です。
制度ができたからといって、直ちに高値で売却できるわけではありません。買受人の選定、建物・土地の評価、抵当権、賃借人、転居先、分配方法、税務などを整理する必要があります。
改正前の制度を含むマンション敷地売却等の実績は、2025年3月末時点で累計17件、約1,300戸でした。新制度は2026年4月に施行されたばかりであり、今後どの程度利用されるかは、現時点では確定的に評価できません。
6.多数決で決められることと、合意形成が不要になることは違う
法改正によって決議の選択肢は広がりましたが、少数意見を無視してよいという意味ではありません。
区分所有者ごとに、年齢、所得、住宅ローン残高、保有目的、居住継続の希望は異なります。
同じマンションでも、
高齢で転居したくない居住者 追加負担が難しい世帯 賃貸運用している投資家 建替え後の資産価値を期待する所有者 早期売却を希望する相続人
では、合理的と考える選択が異なります。
また、建替えや売却等の決議が成立した場合でも、賃借人が補償なしで直ちに退去させられるわけではありません。改正法では、一定の決議後、賃貸借終了の請求から6か月経過することで契約を終了させる制度が創設されましたが、区分所有者は賃借人に対して通常生ずる損失を補償する必要があります。
法律上の多数決は、最終的な意思決定を可能にする仕組みです。しかし、実際に事業を成立させるためには、各所有者の事情を早期に把握し、費用、転居、税務、資金調達を具体的に説明することが不可欠です。
7.判断で比較すべき七つの項目
管理組合が再生方法を検討する際には、少なくとも次の事項を同じ条件で比較する必要があります。
建物の安全性と劣化状況 耐震性、躯体、外壁、給排水管、防水、設備を確認します。 修繕・更新後の使用可能期間 工事費だけでなく、工事後にどの程度の期間使用できるかを検討します。 区分所有者の実質負担額 修繕積立金、追加徴収、借入れ、一時転居費用まで含めます。 建替え後に確保できる床面積 現在の容積率、高さ制限、日影規制などを確認します。 土地と建物の市場価値 現状売却、建物付き一括売却、取壊し後売却の各価格を比較します。 居住継続と転居の可能性 高齢者、子育て世帯、賃借人を含め、生活への影響を検証します。 必要期間と合意形成の難易度 工事費だけでなく、検討開始から完成・売却までに要する時間を確認します。
国土交通省のマニュアルも、準備段階、検討段階、計画段階という順序で検討を進め、再生手法の必要性と合理性を確認しながら合意の熟度を高めることを求めています。
8.検討開始は「危険になってから」では遅い
老朽マンションの再生には、建物調査、資金計画、区分所有者への説明、専門家選定、事業協力者との調整など、多くの工程があります。
外壁が落下し始めてから、配管事故が頻発してから、修繕積立金が尽きてから検討を始めても、選択肢は限られます。
早期に検討を始めれば、修繕積立金の見直し、耐震・設備改修、建物更新、建替え、売却を比較できます。時間がなくなれば、緊急修繕や低条件での売却を選ばざるを得ない可能性があります。
所有者や購入検討者にとっても、確認すべきなのは現在の管理状態だけではありません。
長期修繕計画は更新されているか 修繕積立金は計画に対して不足していないか 耐震診断や配管調査は行われているか 総会で建替え・更新・売却の検討が始まっていないか 高額な一時金徴収が予定されていないか
これらは、将来の居住継続と売却価格を左右する重要な情報です。
まとめ
老朽マンションの将来は、「修繕か建替えか」という二択ではなくなりました。
2026年の法改正により、修繕・改修、建物更新、建替え、建物・敷地の一括売却、取壊し後の敷地売却など、複数の再生方法を多数決で選択できる制度が整えられました。
しかし、選択肢が増えたことと、問題が簡単に解決することは同じではありません。
重要なのは、建物の安全性、工事費、所有者負担、土地価値、建築規制、居住継続、売却可能性を同じ条件で比較することです。
マンションの価値を守るために必要なのは、建物が限界を迎えてから結論を出すことではありません。 選択肢が残っている段階で、将来について話し始めることです。
