【世界の不動産事情・第6回】

フランス・EUで変わる中古不動産の価値基準
中古住宅の価値は、これまで主に立地、面積、築年数、眺望、管理状態、賃料などによって判断されてきました。
しかしフランスでは、これらに加えて、建物の省エネルギー性能が「賃貸住宅として使用できるかどうか」を左右する法的基準になっています。
フランス本土では、2025年1月1日から、エネルギー性能診断で最も低いG等級と判定された住宅が、原則として「適正な住宅」の要件を満たさないものとされました。対象は同日以降に締結される新規契約だけでなく、更新または黙示更新される契約にも及びます。さらに、2028年にはF等級、2034年にはE等級まで対象が広がる予定です。
ただし、「フランスでは省エネ性能の低い住宅を一切所有できない」「売却も禁止される」という意味ではありません。
本稿では、2026年7月25日時点の制度に基づき、フランスの住宅政策とEUの建物エネルギー性能指令を整理し、省エネ性能が中古不動産の収益性や流動性にどのような影響を与えるのかを確認します。
1.フランスのDPEとは何か
フランスでは、住宅を売却または賃貸する際に、原則として**DPE(Diagnostic de performance énergétique)**と呼ばれるエネルギー性能診断が用いられます。
DPEは、住宅の断熱性能や設備の状態を踏まえ、暖房、冷房、給湯、照明、換気設備等に必要となる標準的なエネルギー消費量と、温室効果ガス排出量を評価する制度です。評価は、最も性能の高いAから、最も低いGまでの7段階で表示されます。
現在のDPEでは、エネルギー消費量だけでなく、温室効果ガス排出量も評価に組み込まれています。AからGまでのいずれかの等級を得るには、両方の基準を満たさなければなりません。そのため、消費エネルギーが比較的少なくても、使用する燃料による二酸化炭素排出量が多ければ、総合評価が低くなる場合があります。
もっとも、DPEに記載される年間エネルギー費用は、標準的な使用条件を前提とした試算です。実際の光熱費は、居住人数、生活時間、設定温度、天候等によって変動するため、DPEの金額と実際の請求額が必ず一致するわけではありません。
2.2025年からG等級は「適正な賃貸住宅」と認められない
フランスの賃貸住宅では、貸主は入居者に対し、安全性、衛生状態、設備、最低限のエネルギー性能等を満たした「適正な住宅」を提供する義務があります。
フランス本土では、2025年1月1日以降、この最低基準がDPEのAからFまでとなりました。したがって、G等級の住宅は法的に「不適正な住宅」と扱われます。
今後の予定は次のとおりです。
適用時期 賃貸住宅として必要な最低等級 原則として対象外となる等級 2025年1月1日から F以上 G 2028年1月1日から E以上 F・G 2034年1月1日から D以上 E・F・G
この日程はフランス本土に関するものです。グアドループ、マルティニーク、仏領ギアナ、レユニオン、マヨットでは、気候条件等を考慮した別の日程が定められています。
3.既存の入居者が直ちに退去させられる制度ではない
「2025年からG等級は賃貸禁止」と聞くと、既存の賃貸借契約が一斉に終了するように思えるかもしれません。
しかし、制度はそのような仕組みではありません。
2025年1月1日より前に締結された契約については、その日をもって直ちに契約が失効するわけではありません。規制は、原則として契約の更新または黙示更新の時点で適用されます。フランス政府の案内でも、2025年以前の契約は、その後の更新時に基準の対象になると説明されています。
ただし、基準を満たさない住宅を賃貸した場合、入居者は貸主に改善を求めることができます。裁判所の判断により、改修工事、家賃の減額、家賃支払いの停止等が命じられる可能性もあります。
したがって、「入居者がいる間は何もしなくてよい」と考えることは適切ではありません。契約更新時期と改修計画を事前に確認する必要があります。
4.F・G等級は、賃貸できても家賃を上げられない場合がある
フランスでは、賃貸禁止の段階に至る前から、低性能住宅に対する家賃規制が導入されています。
2022年8月24日以降、民間賃貸住宅のうちDPEがFまたはG等級の住宅については、一定の契約を対象として、次のような家賃増額が禁止されています。
入居者が交代する際の家賃増額 契約更新時の家賃増額 契約中の物価指数等に基づく年次改定 一定地域における家賃再評価の請求
この規制は、空室住宅、家具付き住宅、モビリティ・リース等にも所定の範囲で適用されます。
そのため、2026年時点では、F等級の住宅は原則として賃貸可能であっても、家賃収入を市場水準に合わせて引き上げにくい状態にあります。さらに2028年には、最低基準を満たさなくなる予定です。
投資判断では、現在の賃料だけでなく、賃料増額の可否、改修期限、工事後に期待できる家賃まで確認する必要があります。
5.低性能住宅の「売却」まで禁止されるわけではない
省エネ性能が低い住宅であっても、フランスでは売却自体が一律に禁止されているわけではありません。
売主はDPEを買主へ交付しなければなりませんが、DPEが低いことだけを理由に、売却前の改修工事が必ず義務付けられるわけではありません。フランス政府も、DPEが低い住宅について、売主に工事を直接義務付けるものではないと説明しています。
ただし、一戸建住宅または一人の所有者が保有する共同住宅を売却する場合、DPEがE・F・G等級であれば、DPEに加えて法定のエネルギー監査を買主へ提示する必要があります。
監査義務の開始時期は、F・G等級が2023年4月、E等級が2025年1月、D等級が2034年1月です。監査には、改修工事の段階案、改善後の性能、概算費用等が記載されます。
なお、この追加監査は、一般的な区分所有マンションの一住戸すべてに自動的に適用されるものではありません。主な対象は、一戸建住宅と、一人の所有者が保有する共同住宅です。
つまり、低性能住宅は「売れない」のではなく、買主が将来の工事内容と費用を把握しやすい状態で売買される方向へ制度が変わっています。
6.DPE等級は、過去の診断書だけで判断してはいけない
DPEの判定方法は固定されたものではなく、制度改正によって変更されています。
2024年7月には、面積が40平方メートル以下の住宅について、DPEの判定基準が調整されました。小規模住宅では、給湯等の固定的なエネルギー消費が床面積当たりで大きく表れやすく、従来の計算方法では不利になりやすかったためです。対象となる所有者は、一定の場合に新しい等級を示す証明書を取得できます。
さらに2026年1月1日から、電力の最終エネルギーを一次エネルギーへ換算する係数が2.3から1.9へ引き下げられました。これにより、電気暖房等を使用する一部住宅では、DPE等級が改善する可能性があります。既存のDPEは原則として有効期間内であれば引き続き使用できますが、新計算によって等級が改善する場合、再訪問なしで証明書を無料更新できる制度があります。
したがって、物件調査では、DPEの等級だけでなく、次の点を確認する必要があります。
診断の実施日 適用された計算方法 有効期限 2024年の小規模住宅向け調整の対象か 2026年の電力換算係数変更による更新が可能か
古い販売資料に記載されたG等級が、現在もG等級であるとは限りません。反対に、根拠のない楽観的な再評価を前提に購入することも避けるべきです。
7.区分所有住宅では、住戸だけ改修しても解決しないことがある
集合住宅の省エネ性能は、住戸内部の設備だけで決まりません。
外壁、屋根、共用窓、配管、共同暖房設備等を改善するには、管理組合による意思決定が必要になる場合があります。一住戸の所有者が、自らの判断だけで建物全体の断熱改修を進めることはできません。
フランスでは、建築確認申請が2013年1月1日より前の共同住宅について、建物全体を対象とするDPEの導入が段階的に進められました。2024年には単独所有の共同住宅と200戸超の区分所有建物、2025年には50戸から200戸、2026年1月からは50戸以下の区分所有建物も対象となっています。
そのため、フランスの区分所有住宅を取得する場合には、個別住戸のDPEだけでなく、建物全体の診断結果、管理組合の改修方針、工事決議、積立状況、追加負担の見込みを確認する必要があります。
住戸単体の購入価格が安くても、建物全体の改修費が大きければ、取得後の総負担は重くなります。
8.EU全体で「G等級の住宅が一律に賃貸禁止」になるわけではない
フランスの制度と、EUの制度は区別して理解する必要があります。
EUでは、改正建物エネルギー性能指令、いわゆるEPBDが2024年5月28日に発効し、加盟国には2026年5月29日までの国内法化が求められました。指令は、2050年までに建物ストックをゼロエミッション化することを長期目標としています。
住宅について、加盟国は2020年比で、住宅ストック全体の平均一次エネルギー使用量を2030年までに少なくとも16%、2035年までに20~22%削減する国家計画を策定します。削減量の少なくとも55%は、性能が低い下位43%の住宅の改修によって達成することとされています。
しかし、EU指令は、すべての加盟国に対して「G等級住宅を2025年から賃貸禁止にする」と定めたものではありません。
加盟国は、最低性能基準、補助金、技術支援、融資制度等のなかから、自国の建物構成、気候、住宅事情に適した方法を選択できます。歴史的建造物、宗教施設、年間使用期間が短い住宅等について、一定の除外を設けることも認められています。
したがって、フランスの賃貸制限はEU政策と方向性を共有していますが、フランス国内法によって設計された制度です。他国の物件にフランスと同じ期限や等級をそのまま当てはめることはできません。
9.省エネ性能は、どのように資産価値へ影響するのか
省エネ性能の低い住宅が、常に同じ割合で値下がりするわけではありません。
価格への影響は、立地、住宅需給、改修費、建物構造、賃貸需要、管理組合の状況、利用目的によって異なります。
ただし、フランスの制度からは、低いDPE等級が次の点に影響することを確認できます。
第一に、賃貸可能性です。G等級はすでに新規・更新契約等に制限があり、F・E等級にも将来期限があります。
第二に、賃料成長です。F・G等級では、一定の家賃増額が制限されています。
第三に、改修費です。購入後に賃貸を継続するには、断熱、窓、暖房、給湯等の工事が必要になる場合があります。
第四に、売却時の説明負担です。対象物件ではDPEやエネルギー監査により、買主へ将来工事の情報が開示されます。
第五に、買主層です。賃貸運用が難しい物件は、投資家の取得対象から外れ、自己居住や改修を前提とする買主に需要が限定される可能性があります。
これは、DPE等級だけで価格が機械的に決まるという意味ではありません。しかし、省エネ性能が「光熱費の参考情報」から、利用可能性、収益性、必要資本支出を左右する法的・経済的条件へ変化していることは明らかです。
10.日本との違い
日本でも、住宅・建築物の省エネ性能を表示し、消費者が比較できる市場づくりが進められています。
2024年4月以降、新築建築物を販売・賃貸する事業者は、広告等において所定の省エネ性能表示を行うことが求められています。既存建築物についても表示が推奨されていますが、表示しないことによる勧告等の対象にはなりません。
一方、2026年7月25日時点の日本には、フランスのように、既存賃貸住宅を全国共通の省エネ等級によって段階的に賃貸不可とする一般制度はありません。
したがって、日本では省エネ性能が主として情報開示、快適性、光熱費、住宅ローン・補助制度等の評価要素であるのに対し、フランスでは一定の等級が賃貸住宅としての法的利用可能性に直結しています。
まとめ
フランスでは、省エネ性能が低い住宅は、単に「光熱費が高い住宅」と評価されるだけではありません。
G等級はすでに賃貸住宅としての最低基準を満たさず、F等級は2028年、E等級は2034年に同様の基準が適用される予定です。F・G等級には家賃増額の制限もあり、賃貸経営への影響は段階的に現れています。
一方、売却そのものが禁止されるわけではありません。低性能住宅は、DPE、エネルギー監査、改修費、契約更新時期を踏まえて評価される市場へ移行しています。
EUの改正指令も、性能の低い既存建物の改修を中心課題に据えています。ただし、各国の規制内容や期限は同一ではなく、フランスの制度をそのままEU全域へ当てはめることはできません。
海外不動産を検討する際には、表面的な利回りだけでは不十分です。
現在賃貸できるか。将来も賃貸を継続できるか。家賃を改定できるか。必要な改修を誰が、いつ、いくらで行うのか。
省エネ性能は、これらすべてに関わる新しい不動産価値の基準となっています。
