【世界の不動産事情・第2回】

30年固定ローンの「ロックイン」と、住宅保険問題から読み解く
アメリカの住宅市場について、「金利が上がり、住宅が売れなくなった」と説明されることがあります。しかし、実際の市場構造はそれほど単純ではありません。
2026年6月の中古住宅販売件数は、季節調整済み年率換算で409万戸でした。前月比では2.4%減少した一方、前年同月比では2.8%増加しています。中古住宅の在庫は156万戸、販売ペースに対する在庫月数は4.6か月でした。取引が完全に止まっているわけではありませんが、買主の動きが住宅ローン金利や取得負担に強く左右される状況が続いています。中古住宅の価格中央値は44万600ドルで、前年同月比1.8%上昇しました。
金利が高いのに価格が大きく下がらず、取引件数だけが伸びにくいのはなぜでしょうか。
その背景には、アメリカ特有の長期固定金利型住宅ローンと、一部地域で深刻化している住宅保険の問題があります。
1.アメリカの住宅市場を理解する鍵は「30年固定金利」
アメリカでは、30年固定金利型の住宅ローンが代表的な住宅金融商品です。固定金利型では、原則として借入期間中の金利と元利返済額が変わりません。金利上昇局面でも既存借入人の元利返済額が直ちに増えない点は、家計の安定に寄与します。
一方で、この仕組みが住宅の売却や住み替えを抑えることがあります。
アメリカの30年固定住宅ローン金利は、2021年1月に2.65%という歴史的な低水準を記録しました。その後は大幅に上昇し、2026年7月23日時点の平均金利は6.58%となっています。
低金利時に2%台や3%台で借り入れた所有者が自宅を売却し、別の住宅を購入する場合、従来の低金利ローンを手放し、新たに6%台のローンを組まなければならない可能性があります。
住宅価格や借入額が同程度であっても、金利差によって毎月の返済負担は大きく変わります。そのため、家族構成や勤務先が変わっても、現在の住宅に住み続ける方が経済的に合理的となる場合があります。
これが「モーゲージ・ロックイン」、すなわち住宅ローン金利による住み替えの固定化です。
2.金利上昇が、売主と買主の双方を動けなくする
通常、金利上昇は買主の借入可能額を減らし、住宅需要を弱めます。需要が弱くなれば、住宅価格には下落圧力がかかります。
しかし、アメリカでは金利上昇が売主側にも作用します。
低金利ローンを保有する所有者が売却を控えると、中古住宅の新規供給が減少します。買主の需要が減っても、それ以上に売り物件が減れば、需給は必ずしも緩みません。
連邦準備制度理事会の研究者による分析では、住宅ローン金利のロックイン効果が、2021年から2022年にかけて起きた住宅ローン利用者の移動減少の44%を説明すると推計されています。また、2022年のロックインによって市場滞留期間が29%短くなり、住宅価格が8%押し上げられたとの推計も示されています。
ただし、この8%という数値を、現在の全米住宅にそのまま当てはめることはできません。同研究は、当時の市場が歴史的に逼迫していたことが結果に大きく影響したと明記しています。2019年のように需給がより均衡した市場であれば、同じ金利ショックでも、価格や市場逼迫への影響は限定的だったとされています。
重要なのは、金利上昇が必ず住宅価格を下げるのではなく、中古住宅の供給まで減らす場合があるという点です。
3.「アメリカの住宅市場」を一つの数字で判断してはいけない
アメリカでは、中古住宅市場と新築住宅市場で供給構造が異なります。
中古住宅は、既存所有者が売却しなければ市場に出ません。そのため、低金利ローンを手放したくない所有者が増えると、供給が抑制されます。
一方、新築住宅は、住宅事業者が新たに供給する市場です。2026年6月の新築一戸建ての在庫月数は9.3か月、販売価格中央値は39万8,300ドルでした。中古住宅の同月価格中央値は44万600ドルでしたが、両統計は物件の地域、規模、品質、取引構成が異なるため、単純に「新築の方が安い」と結論付けることはできません。
さらに、全米平均だけでは地域差を把握できません。2026年6月の中古住宅価格中央値は、北東部が56万4,800ドル、西部が63万3,600ドルである一方、中西部は34万6,600ドル、南部は37万7,700ドルでした。
州や都市によって、人口動態、雇用、建築規制、固定資産税、災害リスク、保険料が大きく異なります。「アメリカ不動産」という一括りの評価では、実態を見誤る可能性があります。
4.金利以外に重くなる「住宅保険」という負担
アメリカの住宅取得費用は、住宅価格と住宅ローン返済額だけでは決まりません。
固定資産税、住宅所有者保険、管理組合費、修繕費などを含めた総保有コストを見る必要があります。住宅ローンを利用する場合、金融機関は一般に住宅所有者保険への加入を求めます。なお、一般的な住宅所有者保険では、洪水や地震による損害が補償されないため、地域によっては別の保険を検討する必要があります。
米財務省の連邦保険局が、2018年から2022年までの約2億4,600万件の保険契約データを分析したところ、1契約当たりの平均保険料は、同期間の物価上昇率を8.7%上回るペースで増加しました。
気候関連災害による建物損失の予想額が最も高い上位20%の郵便番号地域では、平均年間保険料が2,321ドルとなり、リスクが最も低い20%の地域より82%高い水準でした。また、高リスク地域の保険契約非更新率は、低リスク地域より平均で約80%高いと報告されています。
これらは2018年から2022年までの分析結果ですが、その後も負担増加が確認されています。金融安定監督評議会の2025年年次報告によると、全米の平均住宅保険料は2024年に10.4%上昇し、契約非更新率は1.08%から1.58%へ上昇しました。
5.保険問題は、単なる維持費の増加ではない
住宅保険料が上がれば、所有者の手取りが減ります。しかし、問題はそれだけではありません。
住宅ローンの条件として保険加入を求められる以上、適切な保険を確保できない物件は、融資を利用する買主にとって取得しにくくなる可能性があります。保険の引受けが難しくなれば、売却可能な相手が限定され、流動性や価格形成にも影響します。
金融安定監督評議会は、分譲マンションや共同住宅のマスターポリシーについても、保険料上昇、引受条件の厳格化、補償条件の制限が生じていると報告しています。建物全体で十分な保険を確保することが難しくなり、個別住戸の売却が困難になった例もあるとしています。
また、民間市場で保険に加入しにくい所有者を受け入れる「最後の保険者」に相当する公的・準公的な残余市場では、住宅保険契約数が2019年から2024年までに77%増加し、320万件に達しました。増加の中心は、カリフォルニア、フロリダ、ルイジアナ、ノースカロライナ、テキサスの5州でした。
ただし、住宅保険をめぐる状況は州や地域によって大きく異なります。保険規制は州単位で行われ、災害リスクだけでなく、再建築費、保険会社の損失、訴訟コスト、再保険市場、州の規制制度など複数の要因が影響します。したがって、「アメリカ全土で住宅保険に入れない」と表現するのは正確ではありません。
6.日本との違いは、金利上昇の影響が現れる場所
アメリカのロックイン問題を理解するうえで、日本との住宅ローン構造の違いは重要です。
住宅金融支援機構が2026年1月に実施した調査では、2025年4月から9月までに住宅ローンを利用した1,237人のうち、75.0%が変動型、14.9%が固定期間選択型、10.1%が全期間固定型を利用していました。これは調査回答者の構成であり、日本の住宅ローン残高全体を示す統計ではありませんが、近年の日本では変動型を選択する利用者が多いことを示しています。
長期固定金利型が中心となるアメリカでは、金利上昇の影響が、既存所有者の返済額よりも「売却して住み替える際の新規借入」に強く現れます。
一方、変動型の利用が多い日本では、市場金利の変化が既存借入人の適用金利や返済負担に反映される可能性があります。
どちらの制度が一律に優れているという話ではありません。固定金利は返済の安定性を高める一方、急激な金利変化が住宅の流動性を低下させることがあります。変動金利は当初負担を抑えられる場合がありますが、借入期間中の金利上昇リスクを利用者が負います。
7.アメリカ不動産を検討する際に確認すべきこと
アメリカの住宅を購入する場合、販売価格と想定賃料だけでは判断できません。
確認すべきなのは、対象地域における住宅ローン金利、固定資産税、住宅保険料と免責金額、洪水・山火事・ハリケーンなどの災害リスク、管理組合の保険契約、修繕費、売却時の買主層です。
特に住宅保険については、概算値だけでなく、対象物件について実際に保険会社や保険代理店から見積りを取得することが重要です。保険料が過去に上昇している場合は、その理由と更新可能性も確認する必要があります。
物件が値上がりしていても、保険料、固定資産税、管理費がそれ以上に増えていれば、実質的な収益性は低下します。反対に、価格上昇率が穏やかでも、保険と税の負担が安定し、売却時の融資利用が容易な地域であれば、流動性を維持しやすい場合があります。
まとめ
アメリカの住宅市場が動きにくくなった理由は、単なる高金利ではありません。
低金利時に借り入れた所有者が、現在の高い金利で新たな住宅ローンを組むことを避け、売却を控える「ロックイン」が中古住宅の供給を抑えています。その結果、買主の購買力が弱まっても、住宅価格が直ちに大幅下落するとは限りません。
さらに、一部地域では住宅保険料の上昇や契約非更新が、住宅の保有費用だけでなく、融資利用と売却可能性にも影響を及ぼしています。
アメリカ不動産を見る際に必要なのは、価格が上がるか下がるかという二択ではありません。
その住宅を誰が、どの金利で購入できるのか。適切な保険を確保できるのか。そして、所有者が売却したいときに市場が機能するのか。
この三点を確認して初めて、アメリカ住宅市場の実態が見えてきます。
