【世界の不動産事情・第1回】

住宅不足、金利、建築費から読み解く住宅負担の構造
世界の主要都市では、住宅価格や家賃の上昇が大きな社会問題となっています。ただし、すべての国や地域で同じ現象が起きているわけではありません。住宅需要が集中する大都市と人口が減少する地方、持ち家中心の国と賃貸中心の国では、事情が大きく異なります。
そのうえで、OECD諸国を中心に共通して確認できるのは、住宅価格だけでなく、所得や住宅ローン金利を含めた「住宅の負担可能性」が悪化していることです。OECDは、過去30年間に実質住宅価格がほぼすべての加盟国で上昇し、家計支出に占める住居関連費の割合も増加してきたと整理しています。IMFも、新型コロナウイルス感染症の流行後とインフレの再燃によって、住宅取得の負担が過去10年余りで最も厳しい局面に入ったと分析しています。
住宅の「高い・安い」は価格だけでは決まらない
住宅が購入しやすいかどうかは、販売価格だけでは判断できません。
例えば、住宅価格が変わらなくても、住宅ローン金利が上昇すれば毎月の返済額は増えます。反対に、価格が高くても所得が十分に増加し、低い金利で長期融資を利用できれば、返済負担は抑えられる場合があります。
IMFが40か国を対象に分析した住宅取得負担の指標は、一般的な住宅価格と世帯所得に加え、住宅ローン金利を考慮しています。この分析では、住宅取得の負担を決める中心的な要素は、住宅価格、世帯所得、借入金利の三つです。感染症流行後にはまず住宅価格が上昇し、その後、インフレ抑制を目的とする各国中央銀行の利上げによって住宅ローン金利が上昇したため、購入希望者は価格と金利の両面から影響を受けました。
金利が上がっても、住宅価格が大きく下がらなかった理由
一般的には、金利が上がれば住宅購入者の借入可能額が減少し、住宅価格には下落圧力がかかります。ところが感染症流行後の主要国では、住宅価格が一部で調整したものの、金利上昇に見合うほど大幅には下がらない市場もありました。
IMFは、その背景として住宅不足と堅調な需要を挙げています。感染症流行中には建設活動が制約される一方、住宅に対する需要が高まりました。その後、金利が上昇しても、住宅の供給不足が解消されなかったため、価格が下がりにくい市場構造が残りました。
つまり、「金利が上がれば住宅価格が必ず下がる」という単純な関係ではありません。金利が需要を抑えても、必要とされる場所に十分な住宅が供給されなければ、価格や家賃は高止まりする可能性があります。
新しい住宅を簡単に増やせない
住宅供給が需要に追いつかない理由は、土地が足りないことだけではありません。
OECDは、住宅供給を制約する主な要因として、建築費の上昇、建設業の人手不足、開発資金の借入コスト上昇、厳しい土地利用規制、需要の強い地域における開発可能地の不足、一部地域における短期賃貸の影響、公的な住宅投資の低下などを挙げています。
住宅は、需要が増えたからといって短期間で大量に供給できる商品ではありません。土地の取得、都市計画上の手続き、許認可、設計、資金調達、工事を経て完成するまでには時間がかかります。資材費や人件費、金利が上昇すれば、事業採算が成立せず、計画そのものが延期または中止されることもあります。
この「供給が需要の変化にすぐ対応できない性質」が、住宅価格や家賃を下がりにくくする一因です。
購入できない世帯が、賃貸市場に残る
住宅取得が難しくなると、購入を希望していた世帯が賃貸住宅に住み続けることになります。賃貸需要が増えても、手頃な家賃の住宅が十分に供給されなければ、今度は借りる側の負担が重くなります。
OECDの2026年7月公表資料では、低所得の賃借世帯のおよそ5世帯に2世帯が、可処分所得の40%を超える金額を家賃に充てているとされています。また、OECD加盟国の半数を超える国で、20歳から29歳までの若者の過半数が親と同居しています。ただし、親との同居には住宅費以外にも文化、就学、就労など複数の要因があるため、住宅価格だけが原因であると断定することはできません。
この点から分かるのは、住宅問題が「家を買えるか」という問題だけではなく、「適切な場所で、所得に見合う家賃の住宅を借りられるか」という問題でもあることです。
空き家があっても、住宅不足は解消しない
住宅不足と空き家の増加は、矛盾しているように見えます。しかし、住宅は必要な場所に存在し、居住可能な状態でなければ、実際の需要には応えられません。
OECDが確認できた21か国では、空き家が住宅総数の平均7%以上を占めています。一方でOECDは、空き家のすべてを手頃な住宅として利用できるわけではなく、建物の状態が悪い場合や、住宅需要の少ない地域に所在する場合があると注意しています。
日本でも、2023年の住宅・土地統計調査による空き家数は900万2千戸、空き家率は13.8%でした。しかし、全国に空き家が多いことと、東京など需要が集中する地域で適切な住宅を確保できることは別の問題です。住宅の数だけでなく、所在地、建物の状態、権利関係、改修費、交通利便性などを確認する必要があります。
したがって、住宅問題の本質は、単純な戸数不足だけではありません。需要のある場所に、居住可能で、所得に見合う住宅が不足していることが重要です。
住宅購入支援だけでは価格を押し上げることがある
各国政府は、住宅ローン減税、購入補助、金利優遇などによって住宅取得を支援しています。しかし、住宅供給が限られている状態で購入資金だけを支援すると、増えた購買力が住宅価格の上昇に吸収される可能性があります。
OECDは、供給が制約された市場における購入者向けの財政・金融支援について、住宅需要を増加させ、住宅価格を押し上げ、結果として市場全体の負担可能性を低下させることがあると指摘しています。
そのため、住宅政策には購入者への支援だけでなく、住宅供給の拡大、既存住宅の活用、土地利用や許認可制度の見直し、手頃な賃貸住宅や社会住宅の整備を組み合わせる必要があります。
OECDは、空き家や利用度の低い既存建物を活用する短期的な対策と、公的・民間資金を組み合わせて手頃な賃貸住宅を新たに供給する中長期的な対策を並行して進めることを提案しています。
世界共通の問題ではあるが、答えは国ごとに異なる
住宅価格や家賃の負担は、多くの国で共通する課題です。しかし、その原因や解決策は同一ではありません。
人口が増加している国、移民の流入が多い都市、住宅の新規供給が難しい歴史都市、持ち家支援が厚い国、社会住宅が充実している国では、それぞれ異なる政策が必要です。国全体では人口や住宅需要が減少していても、一部の大都市に需要が集中することもあります。
したがって、「外国では住宅価格が上がっている」「空き家を使えば解決する」「家賃を規制すればよい」といった一つの説明だけで、世界の住宅問題を理解することはできません。
重要なのは、価格だけではなく、所得、金利、住宅供給、土地利用制度、人口移動、公的住宅政策を一体として見ることです。
まとめ
世界の主要な住宅市場で、住宅が買いにくく、借りにくくなっている背景には、次の要因が重なっています。
住宅価格の上昇に対して所得の伸びが十分でないこと。インフレ抑制のための金利上昇によって、住宅ローンの返済負担が増えたこと。建築費、人件費、資金調達費の上昇や土地利用規制によって、需要の強い地域で供給を増やしにくいこと。そして、手頃な賃貸住宅や社会住宅が需要に対して不足していることです。
住宅問題は、「価格が高い」という一つの数字では説明できません。
誰が、どこで、どの程度の所得をもって、どのような資金調達条件で住まいを確保しようとしているのか。
この視点を持つことで、各国の不動産市場が抱える問題と、日本との違いが見え始めます。
